■労働契約法における「ワーク・ライフ・バランス」の考え方

1990年代以降、ワーク・ライフ・バランスという言葉が聞かれるようになって久しいですが、日本においてワーク・ライフ・バランスは、どの程度、企業の労務管理に反映されているのでしょうか。

「仕事と生活の調和」と訳されるこの言葉は、1990年代に欧米で使われはじめた概念です。仕事と生活のバランスをうまく保つことによって、仕事における従業員の仕事の質も向上することが可能になるだろう、といった発想があります。

日本では、平成20年(2008年)3月に労働契約法という法律ができました。企業と労働者の間で近年増え続けるトラブルを解決するための一助として、労働基準法から分離独立して出来上がった法律です。この労働契約法は、労働契約に関する基本的事項を定めることにより合理的な労働条件の決定または変更が円滑に行われるようにすることで、労働者の保護、そして個別の労働関係の安定を図ることを目的としているものです。

労働契約法においては、考え方の大原則の一つとして、ワーク・ライフ・バランスに配慮した労働契約であることを定めています。つまり、労働者と使用者が、仕事と生活の調和にも配慮しつつ労働契約を締結・変更すること(生活の調和への配慮の原則)と考えられているのです。これは、具体的にどのようなケースを想定しているのでしょうか。

 

■配置転換は要注意

例えば、企業における人事労務管理に関し、ワーク・ライフ・バランスの観点で注意を要する最近の事案としては、転勤を伴う配置転換があります。

これまでの判例では、遠隔地への転勤辞令を受けた従業員に対する会社の配転辞令が無効と判断されたケースがあります。

・転勤辞令を受けた従業員の妻が精神病の一種を罹患しており、介護までは必要がなかったものの家事を一人で行うことが困難で、配転命令に従えば妻の治療が困難となり、病状が悪化することが明白であり、この従業員が受ける不利益は通常甘受すべき程度を著しく超えていたと判断されたケース

・転勤辞令を受けた従業員の実母が要介護状態にあり、妻と二人で介護に当たる必要があったが、転勤辞令に従うことで実母の介護ができず症状が悪化してしまう恐れがあるにもかかわらず、会社は必要な配慮を十分に行っていたとは言えないと判断されたケース

つまり、これらの配置転換においては、転勤辞令に従うことが困難な家庭の事情を抱える従業員に対し、企業は必要かつ十分な配慮を怠っていた、と判断されたのです。

企業としては、従業員の配転は人事権の範囲であり、辞令を受けた従業員は原則としてこれに従うことが求められるでしょう。しかし、一定の場合には企業の配転命令は無効と判断されることがあります。その一つに、従業員がその辞令に従うことで被る不利益が著しく大きな場合があります。前述のような家庭の事情を抱えた従業員の遠隔地への配転については、まさに「従業員が被る不利益が著しく大きい場合」に該当することがあるのです。

昨今、こうした配転を巡る労使間のトラブルは少なくありません。このようなケースにおいて、労働契約法の原則の一つ「ワーク・ライフ・バランスへの配慮」の考え方が求められる時代になってきています。

なお、介護の問題については、企業内で表面化していないこともあります。家族の介護に悩む従業員は、それを上司や同僚に相談できていないケースも多く、突然「介護離職」となってしまい、会社にとって重要な戦力を失う、ということも起きているのです。

介護に関する潜在化していない問題については、辞令を発した段階で突然表面化することで会社の人事が立ち行かなくなってしまうこともあります。こうした事態を回避するためには、例えば定期的に従業員へのヒアリングを通じて、家庭の事情や配転が困難となる可能性などについて事前に確認をしておく、といったやり方も一案と考えられます。

なお、厚生労働省は平成29年(2017年)3月に出した「転勤に関する雇用管理のヒントと手法」において、配転へのワーク・ライフ・バランスの配慮として次のような取り組みも提示しています。

・育児や介護など一定の事由について、期間や回数等を限った形で、労働者の申告により転勤を免除するなど、事情の把握等をより制度的な形で行う方法も考えられる。

・育児や介護等の事情のある労働者も、転勤先の保育・介護サービス・医療等の環境によって、又は企業によるベビーシッター代や家事サービス代の補助があれば、転勤できる場合もあると考えられる。転勤の回避のみならず、転勤の支障となる事情を取り除く工夫をすることも考えられる。

・転勤対象者への個別の対応として、転居を必要とする異動の計画を作成するにあたり、個々の労働者について必要に応じて転勤の時期や場所に関する調整を行うことを検討する。調整の具体的内容としては、転勤対象の候補者を変更すること、転勤の時期をずらすこと、通勤可能な範囲の異動で代替することなどが考えられる。(厚生労働省「転勤に関する雇用管理のヒントと手法」より)

 

■内閣府「3つの心構え」と「10の実践」」

また、内閣府はワーク・ライフ・バランスの推進における留意点として、以下のようなことを示しています。(以下、内閣府「ワーク・ライフ・バランスの実現に向けた「3つの心構え」と「10の実践」」より)

「3つの心構え」
① 本気!
② 前向き!
③ 全員参加!

「10の実践」
① 会議のムダ取り
② 社内資料の削減
③ 書類を整理整頓する
④ 標準化・マニュアル化
⑤ 労働時間を適切に管理
⑥ 業務分担の適正化
⑦ 担当以外の業務を知る
⑧ スケジュールの共有化
⑨ 「がんばるタイム」の設定
⑩ 仕事の効率化策の共有

企業がこうした工夫をこらし、働き方を変えていくことで、各企業におけるワーク・ライフ・バランスの実現により近づくことが可能になるのではないでしょうか。

 

【 執筆者プロフィール 】
竹尾 伸一 (たけお しんいち)
1967年生まれ。新潟県出身。
株式会社 トーヨーレイバーコンサルタント 代表
特定社会保険労務士(東京都社会保険労務士会 千代田統括支部所属)
中小企業診断士(一般社団法人 東京都中小企業診断士協会 中央支部所属)
特定非営利活動法人 東京都港区中小企業経営支援協会所属